企画書っぽいものだけは早い段階で作って家族に見せていました。

「いいんじゃない。」

そんな言葉の裏には(でもやらないんでしょ)という意味も含まれていたと思います。

そんな風に「できたらいいな」の気持ちだけしか持っていなかった私は

3つのことをきっかけに動き出すことを決意します。

①企画書のアドバイスをしてくれるという人との出会い

②勤務先の持ち株で売却益が出た

③近づくタイムリミット

実は2014年の大晦日に出産し、1年間の育児休業を取得している私には時間がありました。

色々と診断士活動の可能性を模索しているうちに、あっという間に10月。

診断士活動は、執筆、シンポジウムの実行委員、実務従事、実家のケーキ製造業の支援など色々できたけど、本当にこれでいいのか。時間がないぞ!と

アパレル業界を知っていて、話を聞いてくれる人がいるなら自分の頭の中にあるものを整理しなくてはいけません。
すぐに企画書を書き、同時に、きちんとした覚悟があることを示すために、資金について主人と話し合い、OEMの協力先探しを開始しました。